ただ春を待つ

ビル風に流され族

毎日が冒険~ねぇ… miss you~ 感想。

 なんとなく事前のイメージとして、てっきり"何かやってやろう"と強い意思を持つ破天荒な主人公=高橋歩が周りを巻き込んで、何かを成し遂げたりする、そんな型の作品かなと思っていたが、実際のところ別物だった。

 どこまでも凡庸な主人公・歩が、アメリカで歌手になる夢を持った意志の強い女性・ヒロコと出会えたことがきっかけで、凡庸の枠を超えて一歩踏み出すことができた、そんな物語。

 何かを持っている圧倒的な天才が活躍するような、所謂"向こう側"の人たち物語かと思いきや、普通に生まれた"こっち側"の人間の物語だった。その「逃げるのはいつも自分だ」というメッセージは直接的で、"こっち側"の自分には響くところがあったし、だからこそ主人公の歩が一歩踏み出すことのできたラストシーンにはしみじみとさせられた。

 いや、そこそうやって物語引っ張るの?と疑問符が付く箇所もあったけれど、観た翌日もモヤモヤとこの舞台のことを考えていたし、物語に散りばめられたメッセージ(逃げるのはいつも自分だ)(諦めるのはいつも自分だ)(時間は待ってくれない)…とかとかは胸に残っているので、観て良かったな~と思う。個人的にはヒロコのその後が気になるけど知りたくないような気もする。

 

 

 

もうちょっと詳しい話をする。

 主人公の歩は確かにそこらへんの大学生よりはちょっと活動的かもしれない。けれど、結局それもありふれた大学生の範疇で、凡庸の枠を超えているかといえば、そんなことはない。そんな主人公と、同じく凡庸な仲間たちの、ありふれていて、賑やかな、そんな日常が描かれる。

 歩が圧倒的な行動力を見せていた大学入学までの間はともかく、大学に入学してからはとくに劇的なこともない日々。仲間たちと、ヒロコとの日々。「こんな日常を過ごしていていいのか?」ということを歩も察していて、でも考えることから避けながら過ぎていく日々。最初は幸せだった、お互いに好いているはずなのに、険悪になってしまったヒロコとの生活。それを解消できることもなく、時間は過ぎていく。

 結局この頃の歩はドでかい何かを成し遂げることもなく、ただ日々を過ごしていくだけで、凡庸で、普通の、ただの大学生。対してヒロコは「アメリカで歌手になる」夢を募らせている。ヒロコが歩に惹かれたきっかけも、歩の歌う姿だった。ここに二人のズレが生まれ、すれ違っていく。

 

 そんな歩はある日、仲間との付き合いで明らかに怪しい自己啓発セミナーを受けることとなり、それに感銘を受けてしまった結果、明らかに怪しい合宿にも(物語に登場する仲間たちと共に)参加することとなった。

 "お客様"として扱われていたセミナーとは違い、教官が参加者をひたすらに追い込んで苛め抜いて、自尊心を打ち砕き、そこに教えを染み込ませるような、そんな合宿。明らかにヤバイ合宿だったものの、歩とその仲間たちはそれを粉砕するでもなく逃げ出すでもなく、教官に従うしかなく、なんとか合宿を乗り越えるしかなかった。

 その合宿で「お前らはクズだ!」といった発言を繰り返す教官。「この合宿ひとつ乗り越えずに諦めて逃げて、この先一生逃げ続けるのか?」とも。歩はその言葉そのものに奮起…するわけではないけれど、「ここで諦めたらダメだ!」と、苦しい合宿を正面から受け止めて、生き抜く。これが、この舞台の一つのクライマックスとなっている。

 

正直言うと、初見のときはこれ良い話か…??と観ながら思ってしまった。いや、正確に言うなら、"これをいい話として描いているのだろうか?"ということなのだが。明らかにおかしい教官を打ち倒してこそ、の主人公じゃないの?と思っちゃったし、いや結局セミナーの言葉がメッセージで良いの…?とか思っちゃった。なにより「これがクライマックスか?????」と思った。

 でもこの物語は、あくまで凡庸な人たちのものだって気付いてから、見る目が変わった。どうしようもない僕たちは怪しい合宿の教官をやり込めることもできないし、逃げ出すこともできなくて、ただ従うしかできなくて。……でも、普通の彼らにとっては怪しい合宿の怪しい内容だろうとなんだろうと、前に進んでいくきっかけが貰えるならなんでもいいのです。 糧にできるものを糧にしていくしかない。
 一人でどこまでも進んでいける天才や化け物は「逃げるのはいつも自分」なんて言葉を自分に言い聞かせる必要はなくて。その言葉が必要な、僕たちの物語だった。そして一番大事なのは、ここから。

 

 合宿をなんとか乗り越えた歩を待ち受けるのは、ヒロコとの別れだった。ヒロコが同棲していたアパートに残していった最後の手紙を読んで号泣する歩。

 ヒロコは、夢を追ってアメリカに旅立つと言うのだ。そして、上手く仲良くできなかったけれど、今でも好きだった。またいつか会えたらいつも通り、「よっ」と声をかけてほしい、と。

 ヒロコを追いかけて空港に向かった歩。間一髪、まさに旅立とうとするヒロコに追いついて、歩はヒロコと「よっ」と言葉を交わす。そうして物語は終わりを迎える。

怪しい合宿で散々色々なメッセージを突きつけたけれど、それそのものが重要ではなくて、結局人生にどう活かすか、ということ。だからこそ、歩が正面からヒロコとの別れに向き合って、「よっ」と言葉を交わせたことが一番大事で、大きな進歩。

 

 劇中では基本的にただ日々を過ごし、何か大きなことを成し遂げることもなかった歩が、素敵な女性・ヒロコと出会って、別れることで、ようやく彼自身の一歩を踏み出せたということ。別れは辛いけれど、きっとその後の人生の推進力となってくれる。そしてその推進力は舞台を観ている僕の背中も押してくれるような、そんな気がした。

 

 

 

 

 ここからは物語の全体的な雰囲気の話しなのですが、

スピッツ初期三部作みたいな、ダラけた日常や恋へのドキドキ、そしてちょっとの性と、物悲しさ、、そんな雰囲気を感じるんですよね(僕はスピッツが好きなので)。『夏の魔物』とか『名前をつけてやる』とか『アパート』とか、とてもぴったりじゃないですか?舞台観てからヘビロテしています。

 

 演者さん達の演技はとても迫力がありました。とくに主役のいとう大樹さんの熱苦しくさえある熱演。主人公・歩はこういう人間なんだな…というパーソナリティがしっかりと伝わってきました。遠くから見てるぶんには楽しい人だとおもう。

 僕は茜屋日海夏さん目当てで観ることにしたのですが、茜屋さんのときどき見られる柔らかい表情や仕草、声がたまらなく好きで、ドキドキしてしまいます。そんな演技が今回の舞台ではじっくり観られたのが本当に良かったです。あと衣装も可愛い。茜屋さんのアカペラでの歌唱、もっと聴きたかったなあ……。

 

 

……ヒロコのアメリカ行きを決めるきっかけが歩のおかんなのどうなん!?とか本当にツッコミたいところは尽きないけれど、舞台って色々考えさせてくれて面白いなと思わせてくれました。